殉教者

43. ○2―1 北朝鮮    ワールドカップ最終予選(埼玉)    2005/2/9
44. ●1―2 イラン    ワールドカップ最終予選(テヘラン)  2005/3/25
45. ○1―0 バーレーン  ワールドカップ最終予選(埼玉)    2005/3/30

 いよいよ最終予選が始まった。メディアもファンも一段と力が入る。しかし初戦の
相手はデータの少ない北朝鮮。

 その下馬評は、「実力では格下だから日本が3対0ぐらいで勝つ」という楽観的な
ものから、「格下のチームに着実に勝つことが難しいのがワールドカップ予選だ」と
懐疑的なもの、そして「3大会ぶりに出場する北朝鮮はデータ不足で戦いにくい相手」
と不安視する声も聞かれる。


 いざフタを開けてみると、開始早々に先取点を取って不安を一掃する最高の滑り出
し、しかし先取した途端に選手とボールの動きが緩慢になってしまう。一方、北朝鮮
はワンタッチ、ツータッチのパスを着実につなぐ攻撃が、時間の経過とともに安定し
てくる。

 先取点で「今日は行ける、今日は勝てる」と思った選手が、自分のパフォーマンス
を見せようとしていた。そして選手間に微妙なズレが生じる。パスがつながらない。
スルーパスのタイミングも合わない。ボールを持つと迷子になった子供のように、み
んなキョロキョロし始める。

 ボールを持って考えている間にパスルートは塞がれ、とうとう後半16分に追い付
かれてしまった。素晴らしいフリーキックで先取点を決めた小笠原満男は、翌日のス
ポーツ各紙で絶賛されていたけど、先取点を取ってから同点に追い付かれるまでの試
合の流れを作った責任は大きい。

 同点になると再び選手とボールが速く動き始める。この動きを1点先取した後の、
北朝鮮がまだ落ち着いていない時間帯にどうして出来ないのでしょう。そうすればも
っと楽に勝てていたはず。


 追い付かれた後の速い攻撃を組み立てていたのは、後半21分に登場した中村俊輔
です。決してあせらず、浮き足立たず、跳ね返されても、繰り返し、繰り返し、体制
を作り直して波のような攻撃を繰り返していた。俊輔の強い意志が、後半34分に投
入された大黒将志の決勝ゴールを生んだと言ってもいい。

 試合後に川淵三郎は、「今日の勝利はなんと言っても大黒だけど、このチームにま
だ、中田英寿、稲本潤一、小野伸二、大久保嘉人などの海外組で、かさ上げが出来る
のが楽しみだ」と語っている。かさ上げは若手の台頭でするもの、この発言は単に海
外組の地位は安泰だと保障しただけではないか。


 そしてそのかさ上げされたチームでイラン戦は負けてしまいます。試合後の選手の
コメントは…


高原直泰(ハンブルガーSV)「動くタイミングが分からなかった」
玉田圭司(柏レイソル)「前線で孤立していた」
中村俊輔(レッジーナ)「連係がスムーズにいっていなかった」
宮本恒靖(ガンバ大阪)「もうすこしうまくボールを回せれば良かった」
小野伸二(フェイエノールト)「ロングボールばかり蹴ってしまうとFWが生きない」
三浦淳宏(ヴィッセル神戸)「気持ちを切り替えないといけないと…」

 ドイツで合宿してから敵地へ乗り込んだのに、まるで誕生したばかりのチームで戦
ったような発言ばかり。海外組と国内組の差が少ない日本では、呼び寄せた海外組を
優先して起用するのではなく、チームの基軸を国内組で構成し、その弱点を海外組で
補うという手法が順当でしょう。

 思い起こせばジーコは就任当初、呼び寄せた海外組を多用して勝てない時期があり
ました。しかし国内組主体のメンバーでリズムを掴んで勝ち始め、海外組は俊輔と川
口だけという布陣でアジアカップに優勝し、北朝鮮戦では中村俊輔をスーパーサブと
して起用して勝っています。しかし次のイラン戦は、再び呼び寄せた海外組を多用し
て負けてしまう。同じ失敗を繰り返しています。


 そしてイランから戻って5日後、最終予選3戦目の相手はバーレーン。ここで星を
落とせば、ジーコ監督の更迭問題が再び浮上します。そんな運命の分かれ道、天下の
大一番は相手のオウンゴールによって勝利が舞い込みます。オウンゴールの勝ちも勝
ち。攻めているからオウンゴールも生まれる。勝利を祝福すればいいじゃないか。し
かし、しかし「ジーコはツイている」という印象しか残らない試合でした。

 ジーコジャパンの初勝利からここに至るまで。ジーコは窮地に立つたびに幸運に助け
られてきたように見えます。まぁ、運も実力のうち。無いよりも有る方がいいに決まっ
ている。このままワールドカップまで強運が持続しますように…とうとう神頼みのよう
な心境になってしまう。


 勝利を祝う群衆の中で、一人怒りを押し殺している。祭りを遠くから眺める犯罪者の
ような気分だ。どれだけ多くの言葉を駆使して切り込んでも、幸運と勝利の前では批判
など色あせて力を失ってしまう。喜べない達成感、悲しめない無力感。今の気持ちをど
のように表現すればいいのだろう。

 松田直樹が自ら代表合宿から去ったらしい。詳細は分からないが、松田も閉塞感を感
じていたのではないか。ジーコの教えに逆らい、自らの信念を押し通した殉教者のよう
に思えてくる。自らの意思で代表から去った松田を私は支持したい。ちょっと乱暴な殉
教者だけど…




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